あの風に吹かれて 〜blowing the wind〜

「風に吹かれて」徒然なるままその日暮らし。気づいた事感じた事を勝手に書き綴っていきます。

中央アフリカ、ウガンダにあった聖地「ジンジャ」

4年前、すっかり書いた気持ちになっていたが、探しても記録に残っていなかったので
改めて書こうと思う。


僕は4年前にとあるご縁で中央アフリカのウガンダに行くことがあった。


その際は、「なぜ僕はウガンダに行くのだろう?」と意味もわからず、ただ流れに乗っていった。


途中エールフランスの中で隣になったフランス人兄弟が、「国に返ったら失業者で今は仕事を探すもの難しい…」などという身の上話を聞き、


スキポール空港からウガンダ行きの飛行機の中では
フランスに帰化したウガンダ人から
「日本でビジネスをしたい」


とナンパされたりと。27時間かけて、エンテベ空港へ到着。


現地にはアジア人は僕一人。


異様な緊張感の中、僕は誘ってくれた人を探したがおらず。


僕の名前を書いて待っている方をようやく見つけた
「彼は先に行ったよ」


と言われ、「おいおい、もしこの方が偽物だったら拉致られるんじゃないか?」


などドキドキしながら車に揺られて2時間。


無事城壁のような白壁の豪邸に到着。


そんな初日だった。



そんなこんなで、防衛大臣の自宅やら、市長にあって記念撮影やら、何故か胴上げされたり、木を植えたりと色々な事があった。




そんなある日、レイクビクトリアに行く事があった。


レイクビクトリアは、南ナイルがスタートする場所で、


アフリカを代表する聖地。







そしてその場所の名前を聞いた時、


「あぁ」


と思った。


場所の名前を「ジンジャ」


と言う。



実は「ジンジャ」は当然日本では「神社」であり神聖な場所だが、


ウガンダ人だけでなく、インド人にとっても「聖地」だった。


観光のカヌーに乗って船頭さんに案内してもらうと、向かい側にある島には
たくさんのインド人がいた。




なぜインド人が多いのかと聞くと、


「ウガンダとインドはイギリスの植民地だったが、当時イギリスの弁護士だった
マハトラガンジーは、植民地解放運動を行う中で、ウガンダにも訪れていた。
そして亡くなった後、ガンジーの遺灰の一部はこのジンジャの地で散骨された。
だからここはインド人にとっても聖地なのだ。」との事。


人類の発祥はアフリカではないかと言われているが、



・アフリカ人にとってナイルの源流の聖地 ジンジャ
・植民地開放運動の英雄、非暴力の人 マハトラガンジーの聖地 ジンジャ
・日本人、神道のシュラインである ジンジャ


たまたまの偶然なのか、もしくはもっと深い意味があるのか?


そして、


最後に帰りに寄ったレストランにて、「生水を飲むな」と言われたのに、飲んでしまった後、


みんなから「ジンジャードリンク」を飲めば大丈夫!と言われて出てきたのがこれ。



「STONEY」


味は濃い目のジンジャーエール。


しっかりお腹も壊さずに帰ることができた、そんな「ジンジャ」ツアーでした。